(三話) カラスである僕

カラスが通う湖子カラスのピカリは、母を離れて一羽だけで餌(えさ)をさがすことが多くなってきていました。

ある夕方、ピカリが眼をかがやかせて山にもどってきます。
「母さん!僕ね、山むこうの湖(みずうみ)でね、すっごいエサ場をみつけたんだよ!明日も行くんだぁ!」
「そうかい、そうかい。それは、よかったねぇ」
「人さまのゴミを荒らすことじゃないんだよ。明日、母さんを案内(あんない)するよ」
「そうかい、でも明日は、行くところがあるから明後日(あさって)にしておくれ」
「うん、いいよ。じゃあ、僕だけおいしいのを、もっと!もっと!いっぱい!いっぱい!食べてくるよ!」
「ぼうや。もっと!と、いっぱい!と言うのは、カラスにはね、なくてもいいんだよ」
「ふうん・・・。」
ピカリは、首をかしげながら眠りについたのでした。

翌日の夕方になり、ピカリが夕焼け空から舞いおりて帰ってきましたが、元気がありません。
「ぼうや、どうかしたのかい?」
「うん。僕はもう、あの湖へ飛べないかもしれないんだ」
「おや、どうしてだい?」
「あのね、母さん。あそこには大ぜいの鳥の仲間がいるんだよ。白鳥や黒鳥やカモとかもね。それで、親切(しんせつ)な人さまがいてね、それはそれは特別(とくべつ)おいしいエサをいっぱい!そこらじゅうにまいてくれるんだー。それで、皆で仲良く食べるんだよ。おいしかったなぁ・・・」
「そうかい。よかったねぇ」
「でも・・・今日は、僕がエサを食べてるとね!人さまが、僕だけをおこってさ、長い棒きれで追いはらうんだよ。僕、いっしょけんめいに逃げてきたんだよー!」
「そうだったのかい。それでも、けがしなくてよかったね。」

「うん。でも・・・なぜなの、母さん?」
「そうだねぇ」
「もしかして、僕の羽が黒いから?だったら、黒鳥だって同じなのに、だいじにされてたよ。僕は、何も悪いことをしなかったよ。エサを皆と一緒に食べただけだよー!」
「そうだねぇ。ぼうやのしたことのせいではないねぇ」
「じゃあ、どうして?」
「それはねぇ、ぼうやがカラスだからだねぇ・・・」
「ふうん、僕にはわからないよ。カラスだからって、どうして人さまに追い払(はら)われるの?」
「そうだねぇ。人さまが悪いわけでもないんだよ。母さんの母さんから聞いた話だけどねぇ。昔々、神さまは黒いカラスも黒鳥や白鳥も同じにつくってくれたそうだよ。ところがねぇ、カラスのご先祖(せんぞ)たちは、人さまにいつもご迷惑をかけることが多くなってねぇ。長い間にいつのまにか、私たちカラスの黒い羽は人さまからの嫌(きら)われ者になったそうだよ」
「ふうん、僕もカラスだから嫌われているの?」
「そうだねぇ、たぶん・・・」
「じゃあ、カラスの僕はどうすればいいのさ?」
ピカリは不服(ふふく)そうに母を見かえしました。

「どうすれば、いいんだろうねぇ?」
「僕、くやしいからさぁ、人さまにしかえしをしてもいいかなぁ?」
ピカリは良いことを思いついたので、眼をかがやかせて羽を広げます。
でも、母はしんけんな眼差し(まなざ・し)をピカリへ向けます。その母に気がついたピカリは小さな黒い羽をしずかにとじました。ピカリは今にも泣きそうになっていました。思い出すと、とても悲しかったのです。

「だって、だって、母さん・・・どうせ、何をしてもカラスだからって嫌われるんでしょ?だったら、しかえしをしないと損(そん)だよー」
「そうかい。じゃ、人さまの嫌っているとおりのカラスになるんだね?」
「だって、何もしてないのにさぁ、嫌われてエサをもらえないし、追いはらわれるんだもの。しかたないよ」
「それでは、ぼうや。しかえしに、エサをまいてる人さまに飛びかかっておそうのかい?」
「え・・・う~ん、それはやらないよ。そんなことをしたら、人さまに殺されちゃうかもしれないもん!」
ピカリはその場面を想像(そうぞう)して、ブルブルッと黒い羽をふるわせます。
「そうだねぇ。生きていたいものねぇ」
「・・・。でもさぁ、母さんだってカラスだよ!人さまにしかえしをしたいと思ったことないの?」
「そうだねぇ。母さんはねぇ、人さまに嫌われてもいいんだよ。カラスとして死ぬまでね」
「・・・。」
ピカリは、なにも言えませんでした。母さんが、だれにも仕返しをしたことのない優しくてりっぱなカラスなのを、見てきたからです。

「ぼうや。カラスの世界ではね、しかえしをしないで正しくがんばったご先祖カラスもおおぜいいたんだよ。母さんの母さんも、そのまた母さんみたいにね。父さんの父さんも、そのまた父さんもね。そしてね!その皆はねぇ、そりゃあ、とてもとても幸せなカラスだったんだよ」
「ふうん、しあわせだったんだぁ!そうかーぁ・・・。」
ピカリに笑顔がもどってきました。

朝日が山に顔を見せはじめます。
「さあ、ぼうや。今日はどうするかい?」
「うん、湖へ飛ぶことにするよ!でも、僕は人さまには近づかないし、おいしいそのエサもけっして食べないことにするよ」
「そうだねぇ、ぼうや。もっと!と、いっぱい!と言うのは、カラスには・・・ね?」
「うん、なくていいんだもんね。僕、湖の鳥たちと遊んでくるだけにするんだ。そして、人さまにさぁ、こんなカラスもいたのか?って、知らせるんだぁー!」
ピカリの眼がキラキラ光ります。
「そうかい。人さまがそれを知るのは、ずっとずっと遠いさきになるかもしれないねぇ」
「ふうん、ずっと・・・さきなの?僕ちょっぴり、がっかりだなぁ」
「ぼうや、人さまに、わかってもらいたいから、がんばるんだったのかい?」
「う、ううん・・・」
「そうだねぇ、ちがうよね。ぼうやはじぶんのために、正しくがんばるんだものね?」
「うん。そうだよね、母さん。僕は、嫌われもののカラスの一羽でもいいんだよね。毎日がんばって、母さんや死んだ父さんや、正しいご先祖カラスのように、しあわせになるんだもん!」
「そうだねぇ」

子カラスのピカリは楽しそうに羽ばたきながら、湖へ向かいます。
母サラリはその姿(すがた)をながめながら、うれしそうに幸せをかみしめたのでした。

(四話)「カラスのお仕事」へ続く