(四話) カラスのお仕事

カラスの南の森に春が来たある日の夕ぐれ、カラスの山が大騒ぎ(おおさわ・ぎ)になっています。なにごとだろう?と、思っていた母サラリのもとへ、子カラスのピカリが羽をバタバタさせてもどってきました。

「母さん、母さん、たいへんだよ!どっかの群れの迷いカラスのおじさんが一羽だけで、この山にたどり着いたんだって!」
「おや、そうかい」
「とても、きれいでピカピカな黒い羽のおじさんだよ。あまりきれいだから、皆がエサをあげたりして、どこから飛んできて迷ったのかを聞いたんだ。そうしたらね、母さん!僕、びっくりしたよ!そのきれいなカラスはどこから飛んできたと思うー?」
「どこだろうねぇ?」
「あのね、あのね、カラスの王様の国だって!」
「おや、そうかい」
「母さん、そんな国があること知ってた?」
「いや、知らないねぇ」
「それでね、この森の仲間の皆がおどろいてるんだよ」
ピカリは羽をひろげて、得意(とくい)そうに、つづけます。

「カラスの国ではね、母さん!エサを毎日さがさなくっていいんだってさ。すごいよね!でも、その国の王様(おうさま)にならなければならないんだってぇ」
「そうだろうねぇ」
「でもさぁ、どのカラスも順番(じゅんばん)を待てば、王様になれるんだって!そしてね、満月(まんげつ)から満月までのあいだは王様でいられるんだってぇ」
「そうかい」
「それでね、皆は、きれいな迷いカラスのおじさんが元気になったら、一緒にカラスの国へ飛ぶことになったんだよ、母さん!」
「おや、おや、そうかい」
母サラリが、すこしおどろいたのを見て、ピカリはうれしそうです。

「母さん、僕たちも一緒に飛ぶよね?」
「そうだねぇ・・・ぼうやはそうしたいのかい?」
「うん、そうしたい!だって、母さんも僕も、これからはエサをさがさなくても、よくなるんだよ!」
「そうかい。でも、もう少し考えてみようねぇ」
「・・・うん。」
かがやく西の空は、ピカリの胸(むね)を大きな期待(きたい)でいっぱいにさせています。

次の日、森は大ぜいのカラスの仲間でにぎわっています。迷いカラスが皆の輪(わ)の中の枝にとまりました。その羽は、一度も汚(よご)したことのないような、つやのある黒い羽です。まるで王様のように見えます。
「南の山の皆さん、きのうは助けてくれてどうもありがとう!お礼に私の国へご招待(しょうたい)します。ですから、明日は、がんばって・・・わたしのカラスの国へ飛びませんか?」
「カアーカアー飛ぼう!ガアーガアー飛ぼう!」
大ぜいの声が山にひびきました。

「母さん、明日は僕たちも一緒に飛ぶよね?」
ピカリはわくわくしながら、母にたずねました。
「そうだねぇ。母さんにはねぇ、ぼうや!一緒に飛べない気がするんだよ」
「えーっ!どうしてさぁー?」
「そうだねぇ・・・。母さんの母さんがね、『カラスは、死ぬまで自分でエサをさがして生きてこそ、カラスだよ!』って言ってたんだよ」
「ふうん。でもさ、けがしたり病気になってさ、どうしてもエサをさがせなくなったカラスはどうなるのさ?」
「その時はねぇ、ぼうや。カラスは死んでねむるだけだよ。」
ピカリの黒い羽がしぼんでしまいました。

でも、ピカリは、あきらめきれません。しばらくして、また言いだします。
「母さん。僕たちはいつまでも自分で飛んでさ、毎日毎日、エサをさがすのー?」
「そうだねぇ」
「これからも、ずーっと、ずーっと、ずーっと?」
「そうだよ、ぼうや。エサをさがすのは、生きるためのカラスのお仕事(しごと)だからね」
「ふうん、カラスのオシゴト?」
「そうだねぇ」
「じゃあー、あのきれいなおじさんカラスのように、何もしないでエサをもらえるカラスのオシゴトは、なんなの?」
「さあ、なんだろうねぇ?」
「母さん、僕は知ってるよ。それはねぇ!偉(えら)いからさぁ、毎日、楽しく遊(あそ)ぶことだよ」
「そうかもしれないねぇ。でもね、そうではないかもしれないよ!」
「そうに決まってるよ。だって・・・」
ピカリは母の答えが気にいらなくて、口ばしを上に向けたのですが・・・
『あのおじさんがエサをさがすオシゴトしているんなら、母さんみたいに羽が汚(よご)れてるはずだよ。でも、羽があんなにピカピカなのは楽しく遊ぶオシゴトをしているからだよ』
とは、言わずにだまりました。

翌朝、ピカリはそっと一羽だけで山の集まる場所(ばしょ)へ、でかけました。大ぜいのカラスの仲間が列(れつ)をくんで、飛ぶじゅんびをしています。ピカリはうらやましそうに、じっと見つめています。
そこへ、パトロール隊の一羽のカラスが街から帰ってきました。
「おーい、みんな、待ってくれ!おそろしいニュースを街で聞いてきたんだ。カァーア!」
山がざわつきます。
パトロール隊のカラスは「ハァーカッカッ!」と、息を切らしりながらも、また、さけびます。
「そこにいる迷いカラスは、人さまのつかわしたスパイなんだ!」
ますます、山はざわつきました。
「このカラスを使って、野山の私たちカラスを撲滅(ぼくめつ)することになってるんだ!悪い悪い人さまがカラスを一箇所(いっかしょ)に、おびきだして殺(ころ)そうとしてるんだ!」
「なんだってー?それじゃ、カラスの国の話は嘘(うそ)なのかー?」
カラスの一羽がさけびました。
「そうです!まっ赤な嘘なんです。一緒に飛んで行ったら、たいへんなことになりますよ!」
山のカラスはどよめき、家族でいそいで逃げるものたちもいます。
迷いカラスは美しい黒い羽をこわばらせました。そして、後ずさりをしながら、ボソッと言います。
「南の山の皆さん、すみません。これが、私の仕事(しごと)なんで・・・。」
そう言うやいなや、北の空をめざして飛んでいってしまいました。その羽はお日様で美しく光りましたが、とてもさみしそうでした。

ピカリは、いそいで羽を広げます。
「僕、はやくもどって、母さんに知らせなくちゃ!やっぱり、僕たちカラスのオシゴトは、自分でエサをさがすことなんだね!って母さんに言わなくっちゃー!」
ピカリは飛びながら、母が答えるにちがいない返事(へんじ)を考えて、じぶんで言ってみました。
「『そうだねぇ、ぼうや。りっぱなカラスのオシゴトを、これからもがんばろうねぇ。』」
こうして、母サラリの口まねをじょうずにできたピカリは、ひとりでクックックッ!と愛らしく笑ったのでした。

(五話)「うわさの海カラス」へ続く