(五話) うわさの海カラス

カラスが見た海母サラリをはなれて、子カラスのピカリは森の若い友だちと冒険(ぼうけん)を楽しむことがありました。
今日は、心配そうな顔をした母に見送られて東へと飛んで、海に出かけます。飛びたつやいなや、うわさ話の好きな三羽の友だちが言いました。

「ピカリ!知らないだろう。海にすんでるカラスは、怪物(かいぶつ)の使いだって、僕の父さんが言ってたよ。気をつけろよ!」
「そうだよ、ピカリ。海カラスは僕たちを波の中へひきずりこんで、怪物のエサにしちゃうんだってさ」
「そいつは、カラスのすみにもおけない悪いやつだから、ぜったいに近づいたりしちゃだめだぜ!ピカリ」
友だちのうわさ話を聞いたピカリは、怪物の使いの海カラスがとてもこわくなりました。でも、友だちから『腰ぬけピカリ』と、うわさをされるのはいやでした。ですから、ピカリは、みんなの後を必死(ひっし)に飛んで、見たことのない海カラスのいる海へいきます。まだ小さな黒い羽にとっては、長い長い空の旅でしたが、海へつくことができたのでした。

「すごいやーぁ、海って!ほんとうに大きくってひろいなぁ!こわいと思ってたけど、きれいだなぁ!波の音は、山の葉っぱが歌うときとそっくりだぁ!」
はじめて海を見たピカリのうれしそうなようすに、気がついた友だちの一羽が言います。
「おい、ピカリ!気をつけろよ。カモメやウミネコにまじって、海カラスが飛んでくるんだからな!」
「うん、そうだね。僕、気をつけるよ。」
ピカリは磯(いそ)の大きな岩のてっぺんにとまり、海をじっとながめます。やがて疲れていたので、うとうとしてきて、つい居眠(いねむ)りをしてしまいました。すると、友だちのカラスの声です。
「カァー!逃げろー!」
バサッバサッ!と友だち皆が、西の空へ向けて舞い上がり、猛(もう)スピードで逃げていきます。

ピカリはギクッ!とおどろいて目をさましますが、こわさのあまりに黒い羽がビクリ!ともしません。岩にとまっているのがやっとです。
『カ、カ、怪物だー、海カラスだー。こわいよー!』
ふるえながらさけびますが、声が出ません。すると、バサーッ!という大きな羽の音がして、ピカリの横に汐(しお)のにおいのするりっぱな羽のおばさんカラスがおりてきたのです。
「おや、ぼうや!飛べなくなったみたいだね。だいじょうぶかい?」
「カ・・・カ・・・」
ピカリはブルブルガタガタ!とふるえるだけです。
「カァー、ぼうや!わたしをこわがらなくても、だいじょうぶですよ。わたしはこの近くに住むアオリという海カラスです」
「・・・」
「ぼうや、ゆっくり息(いき)をしてみようね。そうそう、そうだよ。さあ、羽が動いたら、ぼうやの住んでいる森まで飛ぼうね。途中(とちゅう)まで、一緒に飛んであげますよ。」
ピカリはやっと動きはじめた羽を広げて、海をあとにしました。ピカリの目に森が見えてきたころには、海カラスのアオリはいなくなっていました。

つかれてもどったピカリは海であったできごとを、母に残らず話しました。
「そうだったんだねぇ、ぼうや!なによりも、生きてもどってこれてよかった、よかった!」
「うん、母さん」
「でもねぇ。ぼうやは、もう少しで、毒(どく)カラスになるところだったね?」
「どくカラス?」
「そうだねぇ、カラスの世界では、あっちこっちに、うわさの毒をまきちらすカラスのことをそう呼ぶねぇ」
「・・・僕、海カラスさんの悪いうわさを信じたもんね。でも、僕は、ほかの誰(だれ)にも、そのことを話してないよ」
「それは、よかったねぇ。毒カラスにならずにすんだね」
「さいしょに僕、信じてしまったのは、勇気(ゆうき)が、なかったんだぁ。でも、うわさって、本当かどうか、分からないことがあるんだね。気をつけなくちゃね」
「そうだねぇ。なんでもうのみにしちゃいけないねぇ」

「うん。でもうわさ話を聞いたとき、どうすれば、その話が毒なのか、わかるの?」
「そうだねぇ。仲間をほめるなら、そのカラスは思いやりカラスだね。毒カラスは悪口(わるくち)を言うものなんだよ」
「ふうん、そうか。僕は、思いやりカラスに、なりたいなぁ!」
「そうだねぇ。じゃあ、友だちをえらぶ時は、思いやりカラスをえらぼうねぇ!」
「・・・うん。僕、これからはそうするよ・・・。」
母は、ほっ!としてうれしそうに目をほそめました。

「あっ!」
「どうかしたかい、ぼうや」
「そういえば、僕ね、友だちの言う毒のうわさを信じちゃって・・・、だから、こわかったから、つい・・・海カラスさんに、ありがとう!って言わなかったんだっけ!」
ピカリの小さな黒い羽の光が、とつぜん消えたのでした。
「そうかい。ぼうや、明日の朝、母さんと一緒にありがとう、を言いに飛ぼうかね?」
「え、あした?僕、まだ疲れているもん。あさってにしてよぉ!」
「そうかねぇ、ぼうや。母さんの母さんも、そのまた母さんも、『ありがとうと親切は急げ(いそ・げ)!』と言っててね、すぐにしたものだよ」
「すぐに?ふうん、どうしてさ?」
「母さんもぼうやも海カラスのアオリさんも、あさってまで生きているって、ぼうやにわかるかい?」
「ううん。そんなの・・・だれにもわかるわけないよー」
「そうだねぇ」
「あ、そうか。カラスの世界は、いつ死んでもいいように生きるんだっけ・・・ね?」
「そのとおりだねぇ。」

とつぜん、ピカリが羽をばたつかせながら、げんきな声でさけびます。
「母さん!プライドをもつカラスにはさぁ、毎日が、サバイバルなんだよねー!」
「おや、まぁ、ぼうやは・・・いつのまに、そんな言葉(ことば)をおぼえたのかねぇ!そのとおりだねぇ。そうして、ずっと幸せに生き残るんだよ、ぼうや。」
母は、ピカリのおとなびた言葉におどろきと喜びで、つい、クスクスッと笑いながら答えたのだった。
母の笑いにつられて、なぜかピカリは大きな声で笑いだします。母のほうも、そんなピカリがおかしくて、一緒に大声をだして笑います。
「ア、ア、カ、カッカァー!」
「ア、ア、カ、カッカァー!」

南の森に、母と子カラスの明るい笑い声が、こだまします。
その夜、母と子カラスは青く広がる海へむかって、ゆうゆうときれいな空を飛んでいる夢を見ながら、ねむるのでした。 (by 徳川悠未)

Top:(一話)「雪の中の母さん」へ戻る