(二話) 夜空のパトロール

カラスに見えない街の夜空子カラスのピカリは、少しずつ成長(せいちょう)し、街に向かう仲間の群れと飛べるようになっていました。

「だいじょうぶだよ、母さん。僕、ぜったいに人さまのゴミを荒らしたりしないから、心配(しんぱい)しないでぇ!」
「そうだねぇ。そうしておくれ。」
こうして、サラリ母さんとの約束(やくそく)を守っていました。
「でも、だいじょうぶだろうか?」
母の心配をよそに、毎朝、うれしそうに北の大きな街へと通(かよ)います。

ピカリには、街で見るもの聞くものぜんぶが、おどろきです。
そんなある日の夕ぐれ近く、塀(へい)の上で猫たちが縄張り争い(なわばりあらそ・い)をしています。 ピカリは高い木の枝にとまり、そのようすがおもしろいので、ずっとながめています。
気がつくと、仲間の群れと一緒に帰る日暮れ(ひぐ・れ)が過ぎていました。
たった一羽で夜の街に残ってしまったのです。

「月も星も見えないや・・・人さまの明かりはおかしいんだもん。僕の森が分からなくなっちゃったよぉー!」
木の枝で「カァーカァー」となきました。すると、人さまの高い建物(たてもの)の窓がつぎつぎにひらきます。
「うるさーい、カラスめ!どっかへ行け!」
「これ!カラス、だまれ!眠れないぞ~!」
「うるさいとボーガンで殺しちまうぞ!」
ピカリの黒い体がぶるぶると震(ふる)えあがります。
「僕は、僕はなにも悪いことしてないよー!人さまのゴミも荒らしてないから、ごめいわくをかけてないんだ。殺されたくないよぉー!」
どんなに怖(こわ)くても、そこを飛びたてません。街では夜空(よぞら)がぼんやりでカラスのピカリにはなにも見えないのです。母の顔がうかんできます。

その時でした。
「カァー、南の森のサラリ母さんのピカぼうや、やーい!まだ街にいるかーい?」
一羽の大きなカラスが飛んできたのです。
「助けてー!僕、ここだよー!」
「さあ、山に帰ろう!わしのすぐ後について飛ぶんだよ。」
ピカリは、必死(ひっし)に夜空を飛んで戻ることができたのでした。
「ありがとう、大きなおじさん!おじさんは、夜なのに空が見えるんだね、すごいやぁ!」
「あぁ、わしはパトロール隊(たい)だから、なれてるだけだよ」
「パトロールたい?すごいんだね!」

山では、母がむかえに来ていました。
「母さん、僕はパトロールたいになるんだぁ!」
ピカリはくりくりの眼をかがやかせています。
「そうかい」
「僕は、おじさんみたいなパトロールたいになって、迷子(まいご)のカラスを助けるんだよ」
「そうだねぇ。助けるのはいいことだよ。父さんの父さんも、そのまた父さんも、仲間を助けてきたもんだよ」
「ふうん、すごいやぁ!」
「ぼうや、明日は街ではなく、一緒に近くの野や畑に飛んでエサをさがそうね。」

次の日の夕暮れ、野原からピカリと母が帰ると、仲間たちが騒(さわ)いでいます。どうやら、今日も街に残された一羽がいたようです。さっそく、夕べのパトロールのおじさんが街へ向かいました。
ピカリは、暗くなった北の空をわくわくして見上げています。
「母さん、もうすぐパトロールのおじさんが迷いカラスを助けて帰ってくるよ。楽しみだね」
「そうだねぇ。」
しかし、いつまで待ってももどってきません。夜の空には、星だけがきらきらとまたたいています。
「母さん、おじさんはどうしたんだろう?」
「どうしたんだろうねぇ。」

翌朝、山の森の中で「カァーカァー」と仲間が泣いています。夕べの迷いカラスの親です。そばには、パトロールのおじさんの奥さんカラスもいます。
「母さん、パトロールのおじさんと迷子(まいご)の一羽がねぇ・・・死んじゃったんだってぇ」
「そうかい。なんと、かわいそうなことだろうねぇ」
母サラリの眼から、涙がひとしずく落ちました。

「どうしてなの、母さん?おじさんは夜の街の空でも、飛ぶのがじょうずなのに・・・死んじゃうの?」
ピカリが、めそめそと泣き出します。
「ぼうや、おじさんはね。夜の街へ飛ぶときは、いつも・・・自分は死ぬかもしれない、と思いながらもね、仲間を助けていたんだよ」
「どうしてさ?」
「カラスが本当に仲間を助けるとは、そういうことだからねぇ」
「・・・」
「父さんも、その父さんも、そのまた父さんも、皆、そうやって助けてきてはね・・・じぶんはよろこんで仲間のために死んじゃったんだよ」
「・・・」

「カラスの世界(せかい)ではね、ぼうや!助ける、ということは自分の命をあげる覚悟(かくご)がある、ということだよ。いいかげんではいけないんだよ。だからねぇ、そのつもりがないなら、本当に仲間を助ける!とは言えないんだよ」
「カクゴ、って・・・死ぬつもりがある、ってこと?」
「そういうことだねぇ」
「ふうん。僕、まだ死にたくないなぁ・・・!じゃあ、死ぬつもりのない僕は・・・パトロールたいにはなれないの?」
「そうだねぇ。今は、まだだろうね。でもねぇ、ぼうやが大人(おとな)のカラスになるまでに、決めればいいことだよ」
「ふうん、そうなんだ。僕、仲間のために死んじゃってもいい、って思うカクゴができる大人になれたら、パトロールたいになって迷いカラスを助けることにするよ、母さん!」
「そうだねぇ。」

そう語り終えると、今日も母と子はエサを求めて、南の森を飛び立ったのでした。

(三話)「カラスである僕」へ続く