(一話) 雪の中の母さん

カラスのエサがない雪景色ふりしきる雪の中、 電線にならぶカラスの親子(おやこ)がいました。子カラスのピカリが言いだします。

「母さん、寒いよー!」
「そうだねぇ」
「お腹(なか)も、すいたよー!」
「そうだねぇ、ぼうや」
「皆は、人さまたちが街のゴミをあつめるところで、ビニールの袋をつっついて破るだけでさぁ、いっぱい、いっぱい!おいしいエサを食べてるんだってよー!」
「そうだねぇ」
「母さん、ぼくたちもそうしないと・・死んじゃうよー!」
「そうだねぇ」
「どうして皆のようにしないの?」
「母さんはね、人さまに、ご迷惑(めいわく)をかけたくないからだよ」
「どうして、それが・・・ごめいわくなの?」
幼いピカリにはわかりません。
「食べちらかしたゴミのためだよ。カラスの正しいエサさがしの道に反するからね。母さんの母さんも、そのまた母さんもね、このカラスの道をまもって生きていたんだよ」
「ふうん、でも母さん・・・やっぱり、お腹がすいたよー!」
「そうだねぇ。」
ピカリは、あきらめて小さな黒い肩をすぼめてしまいました。 水墨画(すいぼくが)のような雪の景色(けしき)は、幼い胸に、ますます空腹(くうふく)を感じさせます。

「母さん・・・?」
ピカリがぽつんと呼びます。
「なんだい、ぼうや。きっと、エサはみつかるんだよ」
「いつまで、こうして待つの?」
「みつかるまでだよ、ぼうや」
「みつかるかなあ・・・?」
「きっと、みつかるんだよ。神さまは、わたしたちを忘れたりはしないんだよ」
「ふうん・・・。」
子カラスのピカリは不満(ふまん)そうに雪の空を見あげました。

やがて、雪が降りやみました。静かな銀色(ぎんいろ)の大地に向けて、雲の間からほんの少しだけ光がさしはじめています。
「母さん、エサはみつかるのー?」
「そうだよ、ぼうや!」
母さんのサラリは答えてからすぐ、黒い羽を大きく広げて、バサッーと飛んで、少し離れた畑の雪の上におり立ちます。ピカリは電線の上に残ったまま、母の姿(すがた)をくりくりの眼で追いつづけます。しばらくして、母が大きな声でよびました。
「ぼうや!ここまでおいで!」
「わ~い、エサがみつかったんだぁ~!」
ピカリは覚(おぼえ)えたての急降下(きゅうこうか)で、母の傍(かたわ)らにじょうずに着地できました。口ばしで積もった雪を少しかきわけると、人さまに使い物にならないとされて、捨てられた小さな芋(いも)がいくつもころがっているのがみつかったのです。
「おいしいねぇ!母さん」
「おいしいねぇ!ぼうや」
二羽は、食べて満足(まんぞく)しました。

「さあ、山に帰ろうねぇ」
母が言ったその時でした。
「やーい!サラリの親子だぁー!そんなまずいエサ、食べてるのカァ~?カラスとして恥ずかしくないのカァ~?」
仲間(なかま)のカラスが母と子をやじりました。母サラリはそれに目もくれずに、ピカリに、もう一度言います。
「さあ、山に帰ろうねぇ、ぼうや!」
そうして、ゆっくり飛び上ります。ピカリも、母を追って、あわてて小さな羽を広げて飛びました。母と子のカラスの親子は、日が沈(しず)んでゆく空を南の山の森へと向かいました。安心して眠れるところへもどるのでした。

毎朝、空が白むころ、母と子カラスは冷たい野や畑に出かけます。おとといは、小さな芋を食べたけど、きのうは、エサが何もみつかりませんでした。ピカリは涙をこぼしながら電線の上で言いました。
「今日もエサがないと、僕たち死んじゃうよー」
でも、母は、言います。
「死にはしないんだよ」
「どうしてさ?」
「それはね、ぼうや!カラスの正しいエサさがしの道をまもった母さんの母さんも、そのまた母さんも、エサがないからということで、死んだりはしなかったからだよ」
「ふうん・・・。」
ピカリは何となく納得(なっとく)しますが、小さな黒いお腹はすっかりへこんでいます。
見上げると、同じ山のカラスたちがにぎやかに街へ街へと向かっています。
「エサもな~い!こ~んなところで遊んでちゃ~死んじまうじゃないカァ~!」
「カァ~ハッハッハー!」
ののしり、笑いながら街へ飛んでいきました。ののしったカラスの黒い羽が一枚だけ、ひらひらと真っ白い地面(じめん)に落ちてきました。
こうして、笑われるのは、毎朝、毎晩のことでした。
子カラスのピカリは、身うごきひとつしない母をみつめて、またまた声を出さずに涙(なみだ)をこぼしました。涙は、電線の下の冷たく白い野原に『スゥーッ』と落ち、音もなく吸われて消えていきました。

ある朝、いつものように母と子は、エサがみつけやすい電線にならんでいました。そして、いつものようにカラスたちは、母と子をやじりながら、街へと元気に飛んでいきました。
やがて日が暮れて、ピカリも母と一緒(いっしょ)に森へ帰りました。でも、今日はどうしたのでしょうか。街へ飛んだカラスたちがもどって来ません。

次の日も、その次の日も、電線の上にいる親子をののしる黒い姿を、見かけませんでした。ピカリが母にたずねます。
「母さん、おじさん達みーんな、街へ飛んだまま、帰って来ないよー?」
「そうだねぇ」
「どうしてなの?」
「どうしたんだろうねぇ?」
「街へ飛んだおじさんたちは、もしかして・・・死んじゃったの?」
「さあねぇ・・・」
「おかしいなぁ!おいしいエサが、いーっぱい!いーっぱいあるんだって、言ってたのになぁ」
「そうだねぇ」
「母さん!エサがいっぱいあっても、僕たちカラスは死んじゃうの?」
「ぼうや!母さんはねぇ。エサがなくて死んだカラスは一羽だって、見たことないんだよ。むしろ、人さまにご迷惑をかけたり、不注意(ふちゅうい)で死んだカラスはたくさん見てきたんだよ。」
すると、ピカリは電線の上で小さな黒い羽をバタバタさせながら、はるか彼方(かなた)の雪山をじっと見つめて言いました。
「僕、わかったよ、母さん!カラスの正しい道をまもれば、エサは必ずみつかるんだって!」
「そうだねぇ」
「僕は正しい道をまもって、死なないようにするね。母さん!」
「そうだねぇ。ぼうや、そうしておくれ。」

今日も白い雪の中、電線の上でお腹をすかした母カラスと子カラスのおやこが仲良く並んでいるのでした。

(二話)「夜空のパトロール」へ続く